そこに根を張る権利を分かち持つ
ますます賢くなっていく機械に取り囲まれながら、ぼくらの問いは、刻一刻と解決されていく。
わだかまること、ひっかかること、まだ知らないことの、チェックリストに、抹消線を引く。
あなたが抱いた問いに、あなたの答えが出されるまで、あるいは、その問いがもっとあなたらしくなるまで、待ってくれる大人が、社会が、決して多くはない。解決すべきことも、覚えなきゃいけないことも、たくさんあるのだから、そんなことに時間をかけていてどうするのかと、陰に陽に言われるたびに、あなたはあなたに出会う機会を失っていく。
本は、誰かがそれについて考えた時間の結晶だ。「そんなこと」に途方もない時間ーーこれは決して何分とかでは測れない種類の時間だし、そう測ってはいけないーーをかけた大人の軌跡だ。もちろんぼくはそうじゃない本があることも知っているけれど、そういう本が好きだ。そういう本を読んできて、幸せだった。「そんなこと」を考えてきた大人がいることに、救われてきた。
個は脆く、社会はあまりに強く騒がしい。そういうことに気がついた時に手にする本は、隠れ家であり、要塞であり、友人であり、武器であり、庭である。
あなたがいま、わだかまること、引っかかること、まだ知らないと思っていること、それら全部、わだかまったままでいい、引っかかったままでいい、まだ知らないと思ったままでいい。もちろん、そこから移動してしまってもいい。
でも確かにそこで過ごしたあなたの時間が、その先のあなたのルーツになる。
そんな個人の十人十色の根の張りざまを、ぼくらが、社会が、育てる。